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記事カテゴリ作ってみました。

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▲基本の勉強に平行して立ち絵も描いてゆくんだ。

■ストーリーの概要はほぼ決まったけれど、絵はまだ固まってにゃい。とりあえずアーマーブレイクは絶対に盛り込んでゆきたい!
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アイドルじゃない。ろこどるだ。

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■最近DLsiteで売ってる同人ゲームが面白いので、触発されてRPGツクールの勉強してます。案外覚えることが多くて大変。でも脳が気持ちよくなる液体をたくさん分泌してるのがわかる!現在OHPの講座で消化したのは3割程度。先は長いけど気持ち良いのでじっくり学んでゆきたい!


■後学のために先人のツクール製ゲームを意識的に見るようにしてるのだけど、その中で一番感銘を受けたゲームを紹介します。クソみてーなタイトルと内容だけど騙されたと思って最後まで見て欲しい!おおひなたごうライクなシニカルな着眼点にも注目だ!

Gレコ雑感 中盤まで その4

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▲自室で一人になるや否や「わははは」と笑い出すウィルミット・ゼナム。狂いたい時に狂ってしまえればどんなに楽だろうか。と、下戸な自分はたまに思ったりする。

■かなり印象に残ってて好きなシーンです。厳格で周囲に規律を守らせることを徹底していた理知的な女性が、いきなりコレである。ハッキリいって気持ち悪い。たぶんウィルミット自身もそう思ってるんじゃないかな。

彼女の立場を簡単に言ってしまうと、地球全体のエネルギーを管理する役職のトップな訳だから、気が遠くなるような重圧であると思う。だから宗教にも安らぎを求めるし(そもそも管理を円滑にする為の宗教だろうから、その成り立ちを考えると無理もないと思います)、それが正しいと信じるしかない。そうでもしないとやってられないのでしょう。彼女の厳格さはそういった理由からくるものだと思われます。

しかし、現実では武器を持った男達がはしゃぎ出し、彼女の大事にしていた「安定」がどんどん奪われていく。じゃあどうするのか?とした時に、彼女なりの抵抗が「自分も安定を捨ててみる」だったのではないでしょうか。これは半ば責任放棄にも近い逃避とも言える行為なので、自分なりに勢いをつける為にちょっと狂ったフリしてみたんじゃないかな。逆境に強いのか弱いのか解らないけれど、この後の言動を見ていると、とにかく他人には任せておけないという彼女の気丈さも窺えます。

■彼女の「安定」が脅かされる理由のトリガーとして大きいのが、手塩にかけて育てたと思われる愛息子ベルリの逃亡です。親の苦労も知らず海賊の女性にホイホイついていってしまった少年の真意などは介在する余地もなく、武力を行使したい男達は「誘拐された貴女の息子さんを取り戻す為ですよ?」と、彼女の足元をみるような形で、「安定」を奪っていくのです。

そんな現状に我慢ならない彼女は、息子を取り戻す為に、みっともない子芝居まで打って宇宙ステーションを飛び出していきます。あくまで事故に見せかける所が後々の為の「保険」とも観れて、狂っている中にも狡猾さを忍ばせる一筋縄ではいかない憎たらしさには愛嬌すら覚えます。


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「あの光は爆発?あそこにベルがいる!!」

■えーっと、これが息子を助けに来た親の顔でしょうか。彼女にとって、今の息子は自分の安定を脅かす「害」になっているわけですから、それを取り除きに来たという真意がこのカットに表れていると感じました。あくまで息子にはキャピタルガードという安定した職に就いて、自分の老後も安定させてくれる存在であって欲しいのでしょう。彼女にとってベルリとは良くも悪くもそういう見通しの上で大事にしている息子なのかもしれませんね。

なんで僕がそんな風に思うかというと、やはり劇中の描写から感じることです。消息の解らぬ息子に対して心配するでも平静を失うでもなく、周囲の状況の変化や己の常識が覆されていくことに憤慨するばかりで、とてもベルリ個人に対して意識が向いてるとは思えなかったし、彼を迎えにいく時もビスケットのお土産を忘れたことなんぞを気にしているのだから。本人のことを考えるなら、再会した暁には頬の一発や二発叩いた上で、抱きしめてやればよいと思うのだけれど、上記したような友達感覚とでもいうのか、ペット感覚とでもというのか、生の感情で接することがないあたりで、ベルリも母に対して距離を感じているのではないかとも思えます。

■やっとのことで息子に再会したのも束の間、感情の思うままに喚き散らし帰ることを強行するといった類の、お涙頂戴劇を観れるかも?という期待を余所に、このお母さんは、穏やかに息子と語らい、すぐさまアメリア軍の代表と会談するお仕事モードに入ってしまいます。この期に及んでも、あくまで自分の立場を弁えて、大人らしく取り繕うサマを観て「アンタ何しにここまで来たの?」と思わせてくれるズレた感覚。それは、この親子間での意識のズレとも似ているし、感情を剥きだす事の難しさというドラマにも感じられる。それが面白いかと言われるとあんまり面白くはない。だってここまで整理しないと筋が通らないんだもの。

おまけ
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「内緒の話なんだけどぉ。ベルって貰いっ子なんだって~」

ふーん、そ、そうなの…? 第9話で女の牽制から放たれた一言、いいよね。いや、メタ的な意味ではそうだろうなとは予想してたけど、だからこの親子は余所余所しいっていうんじゃ、なんだかちょっと寂しいなぁ。

Gレコ雑感 中盤まで その3

■前回の記事で「不安定を描いてる」とか言ったけれども、安定を手に入れる為には不安定を積み重ねていくことであるというのが、凡人である自分の考え方であるからストーリーに共感はできる。なんだかんだ言って、俯瞰的に見ればメガファウナのクルーの行動は正しいことに繋がっていると思う。ただ、それは見てる側が、劇中の情報を理屈でもってして整理しているからで、視覚情報として入ってくる印象ではやっぱり行き当たりばったりで考えナシみたいに見えるのは事実。主人公のベルリも「どっちを向けば明日があるんだ!?」なんてナレーションしてる始末で、それはこっちが聞きてーよ!というツッコミ待ちでもあるのだろうし、受動的に視聴するんでなく、色々考えて欲しいということだとは思うんだけど、もうそうなってくると娯楽としてはどうなんだ?という感情になってしまうし、なんだか卵が先か鶏が先か、みたいな禅問答してるような気分に陥ってくる。

■過去の富野作品では、色々な所に飛び回って世界(舞台)全体の情報が自然に掴めるように配分していたけれど、今作に関しては、舞台は南アメリカの一部を上下に行ったり来たりしてるだけで1クール使ってしまったし、世界情勢や軍隊の規模などは登場人物の口から出てくる単語で勝手に想像するしかない。劇中では「想像力がない」だとか「あいつは解ってない(俺は解ってるけど)」というニュアンスの台詞がよく出てくるけれど、発言した本人すら、ちゃんと物が見えているか怪しいのだから、やっぱりそういう滑稽さを描写してるんだろうな、と思う。仮に、背景を用意する制作費がないので海と空と宇宙で済む場所をうろついているという制作上の事情があるのだとしたら、かなり前のめりな誤魔化し方をしてると思えるし。

■というわけで、あけましておめでとうごさいます。今年はGレコに習って、とにかく考える前に動いてみせるということを目標にしてみようかな、なんて思ってます。どんどんみっともないものを積み上げていけると理想。

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